AI やシステムについての悩みは、入れる前と入れた後で、違う言葉になって現れます。入れる前は「AIを入れたいが、どの仕事から始めればよいか分からない」。入れた後は「システムを入れたのに、現場の仕事は減っていない」。
立場は逆に見えますが、つまずく場所は同じだと平拓は考えています。道具を選ぶ前に、「何が変われば成功か」が決まっていないことです。
速くなったのに、資料がそろう日は変わらない
説明のための架空の例で考えます。ある会社で、月次の実績報告を作る仕事に AI を取り入れました。作成担当の方からは「以前より早くなった」と聞いています。申告では、作業時間は 24 時間から 14 時間に減りました。ところが、経営会議用の資料がそろう日は変わりません。経理からは「確認が増えた」という声も聞こえてきます。
平拓では、この現象を「浮いた時間の行方不明」と呼んでいます。作業は短くなったはずなのに、その時間が成果に変わらないまま、どこかへ消えてしまうことです。
「AIの効果が出ていない」と決める前に
ここで考えがちなのが、「AI の効果が出ていない。別のツールに替えよう」「使い方が足りない。もっと使い込んでもらおう」という判断です。どちらも、もっともらしく聞こえます。
ただ、この二つはどちらも「作業時間が減れば成功」という前提に立っています。先に立てたい問いは、「短くなったはずの 10 時間は、どこへ行ったのか」です。考えられる説明は一つではありません。
- 短くなった分が、AI の出力を確かめる仕事に移った(作成担当の側か、経理の側かは未確認)。
- 承認や会議の日程が決まっていて、作成が速くなっても資料のそろう日は動かない。
- 申告された短縮は、同じ条件で比べると実際には小さい。
- 差し戻しが増えて、往復で時間がかかっている。
- そもそも今の到着時点で会議の目的には足りていて、変える必要がない。
複数の説明が同時に当てはまることもあります。どれが当てはまるかによって、次の一手はまったく変わります。ツールを替えても、承認の日程が原因なら何も変わりません。
見落としやすいのは、成功の条件そのもの
この例で、AI を入れたときの成功の条件は「作成の作業時間が減ること」でした。これは手段の目標です。事業の目標は、おそらく別のところにあります。たとえば「経営会議で、前月の実績をもとに次の手を決められること」。そうだとすれば、大事なのは作成にかかる時間よりも、資料がそろう日と、その中身の確かさです。
もう一つ見落としやすいのが、守る条件です。作成が速くなっても、数字の誤りが増えたり、経理の確認の負担が重くなったりしたなら、改善とは言えません。何を下げてはいけないのかを、先に決めておく必要があります。課題だけでなく、いまうまく機能していることや強みを見極めておくのも、そのためです。強みは、何かを変えるときに守るべきものだからです。
成功の条件は、最初の一言のまま決まるとも限りません。経営者の「人件費を減らしたい」が、話を聞いていくと「受注が増えても、品質を落とさずに回せる体制にしたい」という課題だった、ということもありえます。現場やお客様への影響を見ながら、目標を言い直していく。ただし全員の多数決で決めるのではなく、関係する人の情報を集めたうえで、最終的に誰が決めるのかをはっきりさせておきます。
先に書き出す五つのこと
道具を選ぶ前に、次の五つを書き出しておきます。架空の例に当てはめると、こうなります。
| 項目 | 問い | 架空の例では |
|---|---|---|
| 成功の条件 | 誰にとって、何が変われば成功か | 経営会議で、前月の実績をもとに判断できる |
| 守る条件 | 品質・お客様への約束・安全・誰かの負担のうち、何を損なってはいけないか | 数字の正確さ。経理の確認の負担を増やさない |
| 現状と根拠 | 何が起きていて、何で分かっているか。何が未確認か | 作業時間は申告のみ。資料がそろう日は記録あり。確認の増加は伝聞 |
| 変えられる条件 | 何を変えられ、何を変えられないか | 会議の日程は動かせない。承認の順番は変えられるかもしれない |
| 次の判断 | どの説明を、どの順で確かめるか | 確認がどこへ移ったかを、直近の一回の記録で確かめる |
五つ目の「次の判断」が書けると、道具を入れるかどうかは、そのあとの話になります。
部分の速さと、全体の成果を分ける
効果を確かめるときにも、段階を分けて考えます。
- 短くなりそうな時間
- 追加で生まれた確認や運用を差し引いた、実際の変化
- それによって生まれた余裕
- その余裕が、実際に何に使われたか
- 事業としての成果
作業時間が短くなることは、そのまま費用が減ることと同じではありません。資料を渡したこと(提供)と、それが会議で使われたこと(利用)と、成果につながったことも、別々に確かめます。一つがあったからといって、次もあったとは考えません。
何で分かっているかを、分けておく
比べるためには、それぞれの話が何で分かっているのかを区別しておく必要があります。記録で確かめたことなのか、本人の発言なのか、人づての話なのか、推測なのか。本人の発言も、記録と照らして合っていれば確かめたものとして扱えます。
「分からない」も一つにまとめません。今回の範囲に含めない「対象外」、まだ調べていない「未調査」、明かせない「非開示」、値が取れていない「未測定」、判断を待っている「保留」。どの「分からない」なのかで、次に打つ手が変わるからです。仕事の流れを図にしたとき、記録が途切れている区間を「待ち」や「ムダ」と決めつけないのも同じ理由です。記録がないのは、分からないということです。
自社で確かめる問い
- その道具を入れて、誰の、何が変われば「成功」と言えますか。作業時間以外の言葉で言えますか。
- 変えるときに守らなければならないもの(品質、お客様への約束、誰かの負担)は何ですか。
- 短くなった時間は、どこへ行きましたか。確かめた人はいますか。
- 変える前の状態を、何かで記録していますか。
- 何も変えなかった場合、何が起きますか。
- 最終的に決めるのは誰ですか。
選択肢は「AIを入れるかどうか」だけではない
ここまで確かめると、打ち手の選択肢がはっきりしてきます。今のまま続ける、仕事のやり方を変える、既存のシステムの機能を使う、既製のサービスを入れる、開発する、外部に頼む、もう少し確かめてから決める。これらを同じ条件で比べます。
その結果、開発は要らない、まず運用を変える、という判断になることもあります。それも、成功の条件から考えた結論の一つです。
最終的に決めるのは、お客様です。大事なのは結論そのものより、社内の人が同じ資料と図を見て「何が起きているか」を話せる状態です。成功の条件と根拠と確かめ方が手元に残っていれば、次に何かが変わったときも、外の専門家に頼らず、自分たちで見直すことができます。AI を入れるのは、そのあとでも遅くありません。
関連する支援
平拓の診断は、AI やシステムを決める前に、成功の条件と守る条件、現状の根拠を、お客様と一緒に確かめるところから始めます。
診断の結果として受け取っていただくのは、平拓に頼むかどうかに関係なく使える判断の材料です。平拓が自分で開発できる案であっても特別扱いはせず、平拓が実装を提案する場合は、診断の根拠とは分けて、選んだ理由を添えてお示しします。診断を支える仕組みとして、平拓はDX/AX診断を自社で開発しています。
※本文の月次報告の例は、説明のための架空の例です。


